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ベッドの下に隠していたエロ本を勝手に閲覧するお姉さん
午後4時、西日が長く部屋に入っている。
そろそろカーテンを閉めようかな、と考えていると、キンコーン、と部屋のチャイムがなり、僕は計算式を書いていた手を止めた。
今日は誰も来る予定はなかったはずだけど……と思いつつ、インターホンのモニターを確認し、少し驚く。
明日香先輩が、モニター越しに手を振っていたからだ。
「やっほ、浩くん。お邪魔だった?」
僕が扉を開けると、明日香先輩はそう言いながら、自分の部屋のように堂々と入ってきた。
ブーツを脱ぐために屈み込み、靴を脱いだ先輩が立ち上がると、それだけで胸元がポヨンと持ち上がる。
春物の薄手のコートじゃ隠しきれないそれから、僕は思わず目をそらす。
「いえ、大丈夫です。今日はどれをしに来たんですか?」
僕の部屋はゲームが多い。
小学校から高校までに流行った機種なら大体あるし、ソフトもメジャーなものは揃っている。
だが、僕の物は少しで、大部分はサークルの先輩達が置いていったものだ。
この学生寮は、サークルで利用する運動場から結構近く、活動前後なんかには他のサークル会員の溜まり場のようになることも多いし、ゲーム目当てでやって来る先輩もいる。
明日香先輩もその一人だ。
「ん~、特に決めてないかな。適当に探してもいい?」
そう言いつつ、明日香先輩は四つん這いになってゲームラックを覗き込んでいる。
横から見ると大きな胸が重力に従って存在を主張し、僕は慌てて机に向き直った。
「べ、別に大丈夫ですよ。僕は課題を解いてますから、好きなだけ遊んで行ってください」
「え? 浩くんはやらないの?」
「木曜日までに終わらせないといけないんですよ、数学の課題」
そっか、と残念がる声が聞こえ、少し申し訳ない気持ちになる。
しかし、やっぱり一回だけなら……っ! と思った矢先、ふいに後ろから腕を回された。
机にかかる明日香先輩の髪。僕の後頭部に当たる、柔らかで暖かな感触……!
「ね、おねーさんが教えてあげよっか?」
「い、いいいえあの、だだ、大丈夫ですから、その」
「本当にぃ? 固まっちゃってるよ?」
「そ、そんなことないです……!」
そんなことあった。
後頭部の感触と甘い香り。明日香先輩が身じろぎする度に揺れる、サラサラとした髪の毛。
僕の頭は、そのことで一杯になって……数学のことなんて、入る余地がない。
「と、とにかく、僕は課題やってますから、何でもしててください……!」
「むぅ……。分かったよ、でも終わったら一緒にやろうね」
そう言って、明日香先輩は離れてくれた。離れて行くクッションの感覚を名残惜しく思いながら、頭の中にできた隙間を数学で埋めていく。
……やっぱり柔らかかったな……。
……いい匂いがしたな……。
……相変わらず、綺麗な髪……。
「浩くん、これやりたいんだけど、どの機種?」
「はっ!? は、はい、どれですか?」
振り返ると先輩が、1本のゲームソフトを掲げている。
パッケージにはセーラー服の女の子が、何人かこちらに笑顔を向けて写っている。
下にはポップな字体のタイトル。何年か前に流行った、いわゆるギャルゲーだ。……同人版なのでR指定である。
これも僕の持ち物ではなく、先輩方の一人が置いていったものだ。
「……で、先輩の本命はどれですか?」
「私のタイプ? いや、皆女の子だし、それ以前にゲームのキャラに恋愛感情は……」
「そうじゃなく、やりたいゲームです」
この手のからかいは、明日香先輩にとっては日常茶飯事だ。はじめの頃は慌てたが、もう慣れたものだ。
「むう、流された……。本命はこっちね」
やっぱり、ギャルゲーのパッケージの裏から、別の名作ゲームが出てくる。
「ちょっと待ってください、配線直します」
モニターの裏に回り、ゲーム機の接続を切り替える。
目的の機種を起動すると、低いモーター音と共に起動画面が映った。
「はい、いいですよ」
モニターの前からずれて机に戻る。
ありがとー、という先輩の声を背に、僕は課題を再開した。
「そう言えばさ、浩くん。さっきの話なんだけど」
どことなく荘厳なゲームの音楽を聞きながら課題を解いていると、先輩が話しかけてきた。
「さっき? すいません、何の話ですか?」
「エロゲー」
「……女性が堂々、言うものじゃありませんよ。それに、あれは僕のものでもないし、やってないですよ」
持ち込んだ先輩に、回収して欲しいと言ったが、逆に譲ると言われてしまった物……。
「うん、やったかどうかじゃなくてさ。あの子達だったら、誰が好みなのかなって」
「えっ」
課題を解く手が止まる。
「別にゲームじゃなくてもいいけどさ。単純に、どんな子が好みなのかなって」
「……えっと、ですね……」
好みというか、好きな相手ならいる。
だけど、それを言うのは……先輩にそれを言うのには、勇気が足りなかった。
「……どうでしょうね。そう言うの、あんまり分からないです」
「そうなの? でも、見た目だけでも好みってあるんじゃない?」
「見た目の好みですか」
それを伝えることは、僕が好きな相手を伝えるようなもので……張本人にそのまま言うのは、とてもできない。
「浩くん、手、止まってるよ?」
「い、いや、ちょっとボーっと……って!」
気付くと明日香先輩が机の横で膝立ちになっていた。
それはいいのだが……問題は、先輩が机に自身の胸を乗せていたこと。
否が応にも主張する大きな双丘に、僕の視線は吸い込まれた。
先輩は、いつの間にかコートを脱いでいた。
ブラウスの上からカーディガンを羽織った姿は、長い黒髪と相まって大人しそうな印象を与えただろう……ブラウスのボタンを二つ開けていなければ。
「……っ!」
当然、僕の視点は机より高い位置にあるわけで、そうなるとブラウスから覗く谷間がよく見えるわけで……!
「せ、先輩、なんて格好してるんですか……!」
ブラウスから覗く谷間から、鋼の意思で目をそらす……いや、そうしようとした。
努力は認めて欲しい。
「ん? どうしたのかな、浩くん? どこかおかしいかな?」
先輩はニヤニヤと笑っている。
上目遣いでこちらを見るのはやめて下さい、小悪魔的な魅力に満ちあふれ過ぎています。
「分からないところでもあるのかな。教えてあげよっか」
リップクリームを塗った唇が震え、先輩の香りが吐息と共に広がっていく気がする。
「その……そ、そうだ、お茶淹れてきますね!」
誤魔化しの言葉を口にしながら、部屋から飛び出す。
早鐘を打つ心臓は、少し待ったくらいでは鎮まりそうになかった。
——
明日香先輩に初めて会ったのは、サークルの説明会だ。
どこの大学にもあるようなエンジョイ系のテニスサークルで、その時はこんな大人しそうな人でも参加してるのか、と驚いたのを覚えてる。
……実際は、女子どころかサークル全体でもトップクラスの実力者だったけど。ガチのテニス部員とも渡り合えるとか。
そんな先輩を意識したのは、見た目とのギャップからだった。
ゲーム中の真剣な面持ち。
ポイントを落とした時の、悔しがりながらも次は取ると息巻く顔。
ポイントを取った時の、嬉しそうにしながらも気を抜かない表情。
そして試合に勝った時の大きくはしゃぐ笑顔。
そんな先輩を見るうちに……見る度に、どんどん目が離せなくなっていって……、
気付けば、僕は先輩のことが好きになっていた。
寮の個室には、シャワーやトイレはあるけどキッチンはない。
あるのは小さな冷蔵庫くらいで、コンロや水回りは共同の食堂にしかないし、食材は各々用意しないといけない。
お茶を淹れて来ると言った手前……何か飲み物を持っていかないと行けないのだけど、お茶っ葉も当然自前で用意する必要がある。
だけど、慌てて飛び出したから、そんなものは持ってない。
仕方がないので、一旦寮を出た後、近くのコンビニでコーラを2本買って来た。
部屋を出てから5分程度だし、先輩もそこまで待たせてはいないだろう。
戸を開けて部屋に入る。
「お待たせしました。コーラでよかったですよ、ね…………」
部屋にいる先輩を見て、僕は絶句した。
僕のベッドで横になっているのはいい。
重力に従うどころか逆らうように主張するおっぱいも、今は些細なことでしかない。
問題は、先輩がにやにやと笑いながら読んでいる、その本。
ベッドの下に隠してあった秘蔵のグラビア写真集、端的に言えばエロ本だった。
「……な、なな、何してるんですか!?」
「あ、浩くん、お帰り」
「ただいまです、ってそうじゃなく! な、何でそれを……!」
「だって、何でもしてていいんでしょ? 折角だし宝探しを」
「何でも、っと言うのはゲームのことですよ!」
「ベッドの下とはベタだよね。宝探し、始めてすぐに見つけちゃったよ」
「話を聞いてください……!」
というか、まずいのだ。
エロ本を見られてること自体まずいけど、その内容が知られたら……!
「ところで、この子達、皆おっぱい大きいよね。この子とか凄いよ」
「わざわざ見せなくていいですってば!」
「あ、端っこ折れてる」
「ちょ、そのページは……!」
その本の中でお気に入りの一枚。
長い黒髪をなびかせた女性が、全裸でこちらに笑顔を向けていた。前に腕を回していて局部は見えないけど、豊満な胸は全然隠しきれず、丸見えになっている。
そして、その顔立ちは、明日香先輩にとてもよく似ていた。
そのページを見て、明日香先輩の動きが止まる。
「へえ……へぇぇ~……。浩くん、こう言うのが好みなんだ」
「あ……ああっ……」
多分、僕の頬は真っ赤になっているだろう。
顔から火が出そう、という表現を、僕は体感していた。
「ねね、浩くん。この子、私に凄く似ている気がするんだけど」
「う……はい、僕も、そう思います……」
「……好きなの?」
何が、とは言わなかった。
体型か、顔立ちか。
……先輩のことか。
「…………はい。…………好き、です……」
僕の初めて告白は、とても情けなくて、恥ずかしいものだった。
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